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2011年3月12日 (土)

地震から1日

昨日の地震発生から丸一日。
特に何もできず、被害状況をテレビで見てるだけの時間が過ぎていく。。。
昨日からの一日の記録。

3/11
14:46 会社の事務所で地震に遭遇
14:50ごろ 建物の外へ避難。壁がひび割れたりしていた。
       従業員は集まって雪が舞う中外で待機。
15:10ごろ 嫁さんから無事とのメールあり、子供の安否は不明。
       電話は不通、メールはかろうじて送れる状況、なぜかウェブアクセスは結構できたため、震源地や地震の規模をおぼろげに把握。
15:50ごろ 帰宅指示。一端建物の中に戻って荷物を取ってから帰宅。装置を停止しに実験室に行くが床が水浸しの状態。
17:00ごろ 家に帰宅。子供たちもちょっと前に幼稚園から帰宅していたようで家族4人の無事を確認。
       家は停電しており、食器棚やテレビのラックが倒れて家の中は物が散乱した状態。
       仙台の嫁さんの両親や妹さんが無事との確認もとれる。
18:30ごろ とりあえず米を取り出し、キャンプ道具炊いたご飯と冷蔵庫に残っていたソーセージの夕食。
       水が出たのが非常に助かる。
20:00ごろ 停電が復旧。テレビをつけて地震の状況を目の当たりするとともに実家に無事を連絡。
       明かりがついたので部屋の片づけを開始。
22:00ごろ 数時間前に連絡をくれたメール数件が届き、返信。嫁さんの実家にも電話がつながりお互いの状況を確認。向こうは停電中だが家は無事とのこと。
       インターネットはつながらず、携帯の威力はすごい。
24:00ごろ 片づけを中断し、就寝。食器が半分ぐらい割れたのと据え付けのファンヒーターが故障した以外は特に被害なし。

3/12
7:00ごろ 起床。寝ている間も余震で目が覚めること数回。
8:30ごろ 朝食におにぎりとみそ汁を食べる。
      朝食後片づけを再開。
11:00ごろ 片づけ終了。子供たちは元気。
      つながるようになったネットで市役所やスーパーの情報を探すも得られず。
12:00ごろ 米以外の食料があまりないので、あいている店があるか、近所を見て回る。
       コンビニはあいていたがほぼすべての食料品が売り切れ、ATM利用不可。
       ドラッグストアが開いており、清涼飲料水とお菓子、子供の風邪薬を購入。
       入場制限があり店の前に行列ができていた。
       会社の同僚に会い、その人の家は断水していてトイレにも行けない状態とのこと。
       パン屋が開いており、パンとジュースを買って昼食。
       スーパーは閉まっており、水、パン、カップ麺売り切れの張り紙がしてあった。
       その他ほとんどの店は閉まっていた。屋根瓦やガラスが割れている建物が見られる。
       雰囲気は比較的静かで皆さん様子見と食料があったら確保したいという感じ。
14:00ごろ 帰宅。依然仙台の知人で連絡とれない人あり。テレビで見る被害状況があまりにひどい。
       家で使えている水がふつうに水道局からきているのか、アパートにタンクがあるのか分からない。
       水を確保すべきかどうかよくわからず。
       会社から月曜日は所属長の指示があるまで自宅待機の指示あり。あす以降何をすればよいのかもよくわからない。。
       復旧活動に当たっている多くの人には頭が下がります。福島第一原発の状況も気がかり。

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