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2014年12月31日 (水)

大晦日のもの思い

録画していた山番組も見終わりこれといってみたいテレビ番組もやっていない。
グレートトラバース、サブ番組がいろいろ放送されているが、嫁さんがすっかり田中さんのファン。
山のぼらー界のスター誕生ですな。

おとといはヒマなのでチャーシュー丼を作成。
家族にも好評。
今年はダッチオーブンの出番少なかったなー。
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で、飯舘村の村民が裁判外紛争解決手続きを申し立てたという資料を斜め読み、ちょっと調べてみた。
原発事故から4度目の年越しとなる現時点で避難指示区域になっているのは飯舘村のほか、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村の全域と楢葉町、川内村、南相馬市、川俣町の一部で避難者が約79,200人。
自分たちが住んでいる団地の近くにも富岡町から避難されている方たちの仮設住宅がある。
避難区域も3つに分かれていて同じ市町村の中でも分断される要因になっているとか。

もう4年。
幼稚園で震災に遭い、卒園式がなくなった長男も小学校の高学年に突入である。
線量計を買って周辺の線量を測ったり、食品の線量を気にしていた日々はちょっと遠くなり、日常では放射能のことを考えることはあまりない。
日々考えたって線量は変わらず、定期的に福島第一原発から汚染水が漏れただの、放射性物質が飛散しただのというニュースを見て、またかと思わされるが郡山ですらちょっと遠くの浜通りの出来事と、他人事なのである。
福島県外にいたらもっと他人事、原発関係のニュースに触れる確率も小さく、もはや過去にそんなことあったねと思う方もいるのであろう。

・・・でも、線量は変わらないのである。なくなったのではなくて線量の減るスピードが最初と違って鈍く、日々のレベルでは変わったと思わない。
毎日県内のニュースで線量が報道されているがほとんど意味を感じない。
変わらないから戻れない、国の基準で帰れと言われても帰れない、帰りたくない人々。
今も除染作業は続いており、郡山でも線量の高いところからまだ除染作業は行われている。
除染した土を捨てるところはなく、会社の窓から積み上げられた汚染土が毎日見えている。
一度表層をはいで殺風景になった会社の土は芝がだいぶ伸びてきた。
高線量地域の山々、畑、牧場・・・すべてに同じことができるとは思えない。
町で家と会社を往復し、お店に行くような線と点で暮らしている私と、山野を使って面で暮らしていた人たちとはきっと生活に必要な基盤が違うだろう。
変わらないことに対する絶望感や怒りといった思いが違うのだろう。
そういう人たちがいることにたまには思いを寄せてみないと。

我が家の飯舘村の思い出といえば村民の村あいの沢キャンプ場。
入浴施設付の安価できれいなキャンプ場だった。
もうひとつ、過去何度も訪れた天神岬スポーツ公園キャンプ場も除染作業者用の施設となったままのよう。
海の見えるきれいな公園で、子供が小さいころ頃は日帰りでも良く遊びに行ったもんだ。
サッカー日本代表の合宿を見に行ったJビレッジもすぐ近くで、原発のおひざ元のようなところだった。
5年後、10年後、どんな風景が広がるのだろうか?

事故直後の恐怖、重苦しい日々。
再び悪夢に遭わないためにできることはなんだろうか。
喉もと過ぎれば熱さ忘れる・・・振り返らないとまた間違える。
ぼおっと考えるにはたまには時間に余裕のある年末年始も悪くないか。。。

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